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中央図書館(総合窓口)
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展示

童話、詩、小説
-「阪田寛夫、富士正晴」展


会期 平成30年(2018年)3月29日(木曜日)から8月1(水曜日)まで
 

展示について

 阪田寛夫、富士正晴。二人の交流は、阪田が朝日放送勤務していた昭和20年代後半に始まり、富士が亡くなる年まで、およそ35年の長きにわたります。今回は、学校法人帝塚山学院所蔵資料と当館所蔵資料をあわせて、二人の多面的な足跡をたどってみましょう。
 

展示目録(会期中、一部変更することがあります)

■阪田寛夫長女の最新本 内藤啓子『枕詞はサッちゃん』 平成29年11月 新潮社刊 装画・100%ORANGE

  内藤啓子・阿川佐和子対談「阿川佐和子のこの人に会いたい」第1189回 『週刊文春』平成29年12月7日号 コピー原寸/141%拡大
■〈長い小説〉とは? 昭和47年12月17日消印富士宛て阪田速達ハガキ コピー160%拡大
  富士編集『酒の詩集』に阪田の「らいおんだあ」掲載
  富士正晴『酒の詩集』 カッパブックス 昭和48年2月刊
  阪田寛夫「らいおんだあ」 『酒の詩集』所収 コピー250%拡大
  阪田の〈長い小説〉は、未発表長篇「スペイン階段の少女」  『枕詞はサッちゃん』コピー122%拡大
  生原稿「スペイン階段の少女」第二稿2枚目(全299枚) 浄書・内藤啓子
  阪田寛夫『「スペイン階段の少女」ノート』表紙 コピー原寸
  ドラマ「スペイン階段の少女」の主役は? 『「スペイン階段の少女」ノート』 コピー130%拡大
■取り残される阪田寛夫――初期同人誌時代
  阪田寛夫「平城山」 『新思潮』第7号 昭和27年11月刊
  阪田寛夫『我等のブルース』「あとがき」 コピー150%拡大
  阪田寛夫「酸模」 『新思潮』第10号 昭和29年7月刊 
  自作「酸模」に言及した富士宛て阪田封書 昭和29年7月9日消印
  阪田寛夫、スランプの時代 小説を書けないと富士にうったえる阪田 昭和38年賀状 昭和38年2月18日消印ハガキ 昭和39年賀状 昭和41年賀状
〈自分〉から〈周りの人〉へ 『讃美歌 こころの詩』「連載を終えて」コピー130%拡大
  『讃美歌 こころの詩』 平成10年12月 日本基督教団出版局刊
  助言した〈先輩〉は庄野潤三 『枕詞はサッちゃん』コピー130%拡大]
  〈周りの人〉祖父を描いた阪田作品「桃雨」 コピー122%拡大『土の器』所収
  従姉からの取材メモ(コピー200%拡大)と「桃雨」の一節(コピー175%拡大)
  祖父・阪田恒四郎の米寿記念句集表紙 コピー原寸
  恒四郎喜寿祝いの冊子に寄せた少年・阪田寛夫の詩 昭和8年9月 コピー122%拡大 
  阪田寛夫「土の器」 『文學界』昭和49年10月号
  「土の器」を〈よくかいた〉と評する一方、自分にはかけないとする富士 昭和49年9月7日富士正晴日記 コピー200%拡大
  阪田寛夫『土の器』昭和50年3月 文藝春秋刊 装丁・司修
  モデルは、すべて阪田の〈周りの人〉 『土の器』目次 コピー200%拡大
  阪田寛夫『庄野潤三ノート』 昭和50年5月 冬樹社刊 装丁・高山峰治
  河崎良二「阪田寛夫の文学」 『帝塚山派文学学会』創刊号 平成29年3月刊 コピー130%拡大
  『帝塚山派文学学会』創刊号 カバー写真、左が阪田寛夫、右が庄野潤三
■庄野、富士ともに評価する阪田の「ロンドン橋落ちた」 『文學界』昭和43年2月号 
  庄野の「ロンドン橋落ちた」評 昭和43年1月6日付 阪田宛てハガキ コピー原寸
  富士の「ロンドン橋落ちた」評 昭和43年1月28日付、30日付 阪田宛てハガキ コピー原寸
■阪田寛夫 ノートと詩 「マンモス」「マサシゲ」は、ラジオ番組のメモから
  ラジオ番組の一テーマ「楠と足利」のメモ 『昭和30年代 初期の創作ノート』3 コピー130%拡大/200%拡大
  「マンモス」 『わたしの動物園』所収 コピー115%拡大
  「マサシゲ」 『わたしの動物園』所収 コピー115%拡大
■「帝塚山でナンキンハゼを見たこと」 『昭和30年代 初期の創作ノート』4 コピー130%拡大
  「天狗昇飛切之術(てんぐしょうとびきりのじゅつ)」 『阪田寛夫全詩集』コピー149%拡大
富士正晴「小信」 コピー原寸 『風の童子の歌』所収
  「小信」初出誌『档』第3号 昭和46年4月刊
  阪田の「小信」評 昭和46年5月17日消印富士宛てハガキ コピー160%拡大
  阪田の「小信」評への富士の礼状 昭和46年5月18日付ハガキ コピー原寸
■阪田寛夫『わたしの動物園』 昭和40年4月 牧羊社刊
  富士の『わたしの動物園』評 昭和40年5月21日付阪田宛てハガキ コピー原寸
  富士正晴 書評『わたしの動物園』 昭和40年6月13日『読売新聞(大阪版)』朝刊 コピー250%拡大
  富士の愛誦詩「熊にまたがり」 『わたしの動物園』コピー200%拡大 
■富士に童話を依頼する阪田 昭和29年5月3日消印速達ハガキ コピー141%拡大
  朝日放送台本 お母さんの童話「太郎君のクレヨン」 作・富士正晴 企画・阪田寛夫
  朝日放送台本 お母さんの童話「母と娘」 作・富士正晴 企画・阪田寛夫 
  朝日放送台本「おばあさんのアルバム」 作・富士正晴 企画・庄野潤三
  文・富士正晴 絵・うらたじゅん『おばあさんのアルバム』 平成29年2月 富士正晴記念館刊
■富士正晴『童話』 平成15年12月 富士正晴記念館刊
  『童話』目次 コピー141%拡大
  阪田寛夫『トラジイちゃんの冒険』 昭和55年3月 講談社刊
  富士の『トラジイちゃんの冒険』評 昭和55年4月21日付阪田宛てハガキ コピー原寸
■講談社文庫『詩集 サッちゃん』 昭和52年11月刊
  「詩集「サッちゃん」の著者 阪田寛夫さん」 『週刊読売』昭和53年1月29日号 コピー150%拡大
  手書き「サッちゃん」 『桃次郎』(インタナル出版社)所収 コピー115%拡大
アルバム
  阪田寛夫一家 昭和50年頃/阪田寛夫一歳の頃 大正15年 大阪にて/阪田寛夫と次女なつめ(大浦みずき) 『おお 宝塚!』から/次女なつめと阿川佐和子 『赤毛のなっちゅん』から
■大浦みずき『夢※宝塚』 平成3年7月 小学館刊 
 大浦みずき『なつめでごじゃいます!』 平成5年8月 小学館刊
 内藤啓子『赤毛のなっちゅん』 平成22年11月 中央公論新社刊
 阪田寛夫『おお 宝塚!』 平成4年5月 文藝春秋刊 
■初版、異装本、新編
 初版 阪田寛夫『わが町』 昭和43年9月 晶文社刊 カバーデザイン・灘本唯人
 異装本 阪田寛夫『わが町』 昭和50年3月 晶文社刊 カバーデザイン・灘本唯人
 初版『我等のブルース』 昭和44年9月 三一書房刊 装丁・長尾みのる
 新編『我等のブルース』 昭和50年4月 三一書房 装丁・長尾みのる
 (左)初版『我等のブルース』目次(コピー原寸)(右)新版『我等のブルース』目次(コピー原寸)

 

展示絵画