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中央図書館(総合窓口)
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展示

同人誌大好き!
ー「川崎彰彦、富士正晴」展


会期 平成29年3月30日(木曜日)から平成29年7月26日(水曜日)まで
 

展示について

川崎彰彦、1949年、15歳、『ヴ・ナロード』創刊。2010年、『黄色い潜水艦』同人として没、享年76歳。
富士正晴、1932年、18歳、『三人』創刊。1987年、『VIKING』同人として没、享年73歳。
二人とも、十代で同人誌創刊、亡くなるまで同人誌活動を持続。二人にとって同人誌とは何だったのだろう。そんなことを思いながら今回の展示を構成してみました。
 

展示目録(会期中、一部変更することがあります)

■川崎彰彦、15歳の詩「作家Decadents氏の死について」初出・『アントロギーオ』第2号「アンドロギーオ』を復刻した『雑記』第18号 1977年8月刊 表紙・太田順三
■富士正晴、18歳の詩「神々の宴」『三人』創刊号 1932年10月刊
■川崎、早稲田時代の小説「ムッシウ・タムタム」『凍河』第5号 1956年12月刊 コピー原寸
 早稲田大学露西亜文学科クラス誌『棟河』第5号表紙 コピー原寸
 川崎彰彦『ぼくの早稲田時代』2005年12月 右文書院刊 装丁・林哲夫
■五木寛之と 1961年7月撮影 『いま、五木寛之。』(『面白半分』臨時増刊号)1979年7月刊
 川崎彰彦生原稿「解説」文春文庫『幻の女』(五木寛之著)1976年8月巻 コピー原寸
■川崎単独の調査取材執筆による『五稜郭物語』函館観光協会 1966年8月刊
■二冊の『私の函館地図』
 境涯準備社版『私の函館地図』1975年11月刊 ガリ切り・高村三郎
 たいまつ社版『私の函館地図』1976年11月刊 紱文・長谷川四郎「大雪の朝のトロントの歌」カバー、本文挿絵・鵜川五郎
■北海道から茨木市南春日丘に
 川崎彰彦「大阪行きを決めたころ」『ゆうひがおか』第40号 1987年12月刊 コピー122%拡大
 小野十三郎『大阪』「あとがき」末尾 角川新書 1967年8月刊 コピー150%拡大
■『燃える河馬』創刊号 1970年1月刊
 創刊号をふりかえった「埋草物語2」『燃える河馬』第6号 コピー135%拡大
 『燃える河馬』創刊号への富士の礼状 1970年2月1日付 川崎彰彦宛て富士正晴ハガキ
■「まるい世界」が第3回新日本文学賞短編部門の佳作に 『新日本文学』1963年6月号
■二冊の『まるい世界』
 構造社版『まるい世界』1970年4月刊 装丁・山口長男 跋文・五木寛之「川崎彰彦の≪罪≫と≪罰≫」
 ファラオ企画版『まるい世界』1991年11月刊 装丁・菊池信義 解説・小沢信男「兎と楕円幻想-川崎彰彦における暢達」
■構造社版『まるい世界』への富士の礼状2通 1970年5月14日付、6月4日付 川崎彰彦宛て富士正晴ハガキ
 礼状への川崎の礼状 1970年6月9日付 富士正晴宛て川崎彰彦ハガキ
■川崎彰彦「快活な批評精神」初出・別冊新評『花田清輝の世界』1981年3月 新評社刊
■小沢信男「東の花田、西の富士」別冊新評『花田清輝の世界』1977年10月刊
 川崎彰彦「真ん中の杉浦」『明平さんのいる風景』1999年6月 風媒社刊
■川崎、文芸時評で富士作品をとりあげる 川崎彰彦「えんやとっと-文芸時評」『新日本文学』1977年8月号 コピー122%拡大
 富士正晴「聖者の行進」『文藝』1977年7月号 コピー原寸
 富士正晴「れんあいしなん」『文学界』1977年7月号 コピー原寸 
 富士正晴『どうとなれ』1977年6月 中央公論社 装丁・大沢昌助
■川崎唯一の訳書 アレクサンドル・ブローク詩集『十二』 絵・粟津謙太郎 1981年12月刊
■川崎彰彦「夜がらすの記」『新日本文学』1984年2月号
 川崎彰彦『夜がらすの記』1984年5月 編集工房ノア刊 装丁・粟津謙太郎
 鶴見俊輔「青西敬助に託す」『夜がらすの記』帯文 コピー200%拡大
 山田稔「『夜がらすの記』-川崎彰彦」『影とささやき』所収
 インタビュー「悲しみは長調(メジャーコード)で『毎日新聞』夕刊 1984年5月31日 インタビュー「悲しみは長調(メジャー・コード)で」『毎日新聞』夕刊 1984年5月31日 インタビューアー・八木晃介 コピー原寸/200%拡大
■富士没後ひと月目の川崎エッセイ「夏-ぼんやり思うこと」『毎日新聞』夕刊 1987年8月10日
 「富士正晴追悼」がつづく『VIKING』 『VIKING』第441号~第453号
■<一本指で書く>川崎彰彦 「一本指で書く」『蜂蜜の歌』所収 コピー130%拡大
 川崎彰彦「おけらの虫」『山魚狗』第6号 1992年7月刊
■B4判表裏一枚の『大和通信』創刊号 1994年8月号刊 コピー原寸/122%拡大
■「川崎彰彦追悼号」『黄色い潜水艦』第52号 2010年6月刊
 坪内祐三「川崎彰彦のこと」『en-taxi』第30号 2010年7月号
 「川崎彰彦追悼特集」『樹林』2010年11月号
■没後4年、沖縄の『脈』が川崎特集を組む 『脈』第80号 2014年5月刊
■川崎彰彦の〈遺言〉「河童頭狗肉の記」『CABIN』第8号 2006年3月刊 コピー122%拡大
 〈遺言〉にしたがって『川崎彰彦傑作撰』刊行 2016年4月刊 装丁・粟津謙太郎
■大和郡山で 1994年撮影 撮影・太田順一
■川崎彰彦の好きな大阪風景 安治川の河底トンネルと三丁目渡船場
 川崎彰彦「河口の渡し」コピー120%拡大『短冊形の世界』所収
 川崎彰彦「安治川三丁目渡船場」『阪神ハイウェイ』第79号 1985年2月刊

■川崎彰彦と俳諧
 川崎彰彦『月並句集』1981年8月 編集工房ノア刊 装丁・粟津謙太郎
 小沢信男『俳句がたり』岩波新書 2016年12月刊 コピー115%拡大
 川崎彰彦「我流俳諧」近松寿子編著『連句をさぐる』
 小沢信男、寺島珠雄をまきこんでの半分歌仙 1979年4月、於・太田順三『水の戯れ』出版記念会
■清水正一・寺島珠雄・川崎彰彦
 『清水正一詩集』1979年10年 編集工房ノア
 川崎彰彦「底光りする寂寥-『清水正一詩集』」『文学学校』1979年11月
 寺島珠雄「横顔・真顔・ななめ顔-アルバムわが詩人たち(16)」『月刊近文』1978年12月号
 寺島珠雄・川崎彰彦往復書簡「パンについて-食い物考(2)」『月刊近文』1978年2月号
■高村三郎・川崎彰彦
 高村三郎のガリ版刷り個人誌『境涯』第4号 川崎彰彦「秋蝉の歌」第1回掲載 1972年1月刊
 高村三郎・川崎彰彦 共作 ルポルタージュ「鉄砲および鉄砲水」『新日本文学』1970年10月号
 高村三郎「震える右手へ-川崎彰彦覚え書き」『樹林』1995年7月号
 川崎彰彦「文校の兄貴分」『樹林』2000年8月号
■うらたじゅんの原画「川崎さん」
 青西敬助の散歩道 2010年4月号 『黄色い潜水艦』「川崎彰彦追悼号」掲載
 文学少年たち 2015年5月作成
 らくがき「ちょっと極楽まで下見へ」2014年4月制作
 

展示絵画