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長い長いおつきあいポスター
 

展示

長い長いおつきあい
ー「司馬遼太郎、富士正晴」展


会期 平成29年(2017年)7月27日(木曜日)から平成29年(2017年)11月29(水曜日)まで

 

展示について

 司馬遼太郎と富士正晴の交友は、司馬がそのペンネームをもつ以前、産経新聞社大阪本社に勤務していた1950年代前半にはじまります。富士によれば、司馬の上司・瀬川保から「ちょっと変人やけど、ええ奴(やっ)ちぁ」と紹介されたそうです。
 交友は、富士最晩年にまで及び、富士が没した翌日、司馬遼太郎は「真如の人」を発表、〈富士正晴は虚空(こくう)からきた魂のままこの世を生き〉た、と記しました。
 

展示目録(会期中、一部変更することがあります)

■ 出会い
■ 司馬、富士の『贋・久坂葉子伝』を書評
1956年4月4日 富士正晴日記(ポケット手帳) コピー282%拡大
■ 富士を驚かせた司馬の親切
1959年10月23日 富士正晴日記(ポケット手帳) コピー244%
拡大富士正晴「司馬遼太郎の世界」 コピー220%拡大
『たんぽぽの歌』1961年11月 河出書房新社刊 装丁・原弘
新潮文庫『豪姫』1991年4月刊
■ はじめて明らかにされる、司馬が富士から聞いた〈居たたまれぬほどに美しい話〉富士正晴『往生記』1972年8月 創樹社刊 装画・富士正晴
司馬遼太郎「跋―放下のような景色について」『往生記』 原本/コピー200%拡大
山田稔「〈居たたまれぬほどに美しい話〉」2017年7月 『大和通信』第107号 原本/コピー122%拡大
山田稔生原稿「〈居たたまれぬほどに美しい話〉」二百字詰原稿用紙12枚
山田稔旧蔵、富士正晴「湖賊」
■ 富士、『梟の城』書評末尾で司馬の直木賞受賞を予想。司馬、末尾記載をけずって掲載。
司馬遼太郎『梟の城』1959年9月 講談社刊
富士正晴「司馬遼太郎『梟の城』」コピー135%拡大 『書中の天地』所収
富士正晴「司馬遼太郎の世界」 コピー220%拡大
■ 富士の司馬本書評
司馬遼太郎『街道をゆく』1971年9月 朝日新聞社刊 挿画・須田剋太
富士正晴「司馬遼太郎と土霊への感受性―『街道をゆく』を読む」『朝日新聞』1981年8月2日 コピー原寸
司馬遼太郎『花神(一)』1972年5月 新潮社刊 装丁・平川敏夫
富士正晴「司馬遼太郎の日本人観―『花神』を中心に」『国文学』1973年6月 コピー122%拡大
司馬遼太郎『人間の集団について―ベトナムから考える』1973年9月 サンケイ新聞社出版局刊
富士正晴「司馬遼太郎『人間の集団について』」コピー135%拡大 『書中の天地』所収
司馬遼太郎『歴史と視点―私の雑記帖』1974年10月 新潮社刊 装画・富岡惣一郎
富士正晴「司馬遼太郎『歴史と視点』」コピー135%拡大 『書中の天地』所収
司馬遼太郎『ひとびとの跫音(下)』1981年7月 中央公論社刊 装画・正岡子規
富士正晴「司馬遼太郎『ひとびとの跫音』」『海』1981年11月号 コピー原寸
■ 写真三葉
桑原武夫の古稀を祝う会 1974年6月1日 京都祇園・浜作
吉川幸次郎記念講演会後の追悼宴 1981年3月18日 京都河原町・桃園亭
京都からの帰途、二人は…… 1974年6月2日富士正晴日記、1981年3月19日富士正晴日記
対談「毛沢東のいる風景」1976年9月18日 大阪北区・ホテルプラザ
■ 富士絵画への司馬の想い
「富士正晴画展」案内状によせた司馬遼太郎の文章 1969年9月 原本/コピー155%拡大
司馬遼太郎「匠気のなさと迫力」「富士正晴・伸子 水墨・彩画展」案内状 1979年4月 コピー122%拡大
司馬遼太郎「遊戯自在 富士正晴」『Art´87』夏号 1987年8月刊 原本/コピー130%拡大
■ 富士正晴宛て司馬遼太郎書簡
「阿波の子タヌキ譚」『白崎禮三詩集』への礼状 1972年3月2日消印ハガキ
『竹内勝太郎の形成』への礼状 1977年2月17日付封書
『富士正晴詩集 1932~1978』への礼状 1979年12月21日付封書
『恋文』への礼状 1985年12月31日付封書
■ 司馬遼太郎の富士正晴追悼文「真如の人」
司馬遼太郎「真如の人」『読売新聞』夕刊 1987年7月16日 コピー原寸
司馬遼太郎生原稿「真如の人」一枚目 コピー原寸
司馬遼太郎「破れた穴から世間覗いた人」『読売新聞』1987年7月16日 コピー原寸/220%
■ 司馬遼太郎「富士正晴ヲ頌ス」『富士正晴作品集』内容見本
『富士正晴作品集』全5巻 1988年7月~11月 岩波書店刊


■ 富士正晴の見た司馬遼太郎・みどり夫妻
富士正晴「司馬遼太郎・みどり夫妻 生まじめを支えるおもろさ」『婦人公論』1972年2月号 コピー原寸
「司馬遼太郎夫妻との交遊」『狸の電話帳』所収 コピー原寸 初出・『司馬遼太郎全集』月報91972年5月
富士正晴「司馬遼太郎の世界」『旅にでようよ』1976年3月号 コピー原寸
■ 司馬遼太郎・富士正晴対談
「〝サル〟が背広を着る時代」『文藝春秋』1971年1月号
「公家と武家」『歴史と人物』1974年8月号
「毛沢東のいる風景」『展望』1976年11月号
■ 富士の選んだ司馬遼太郎本ベスト3
富士正晴「司馬遼太郎のこと」『月刊国語教育』1984年3月号 コピー原寸/141%拡大
司馬遼太郎『竜馬がゆく』『司馬遼太郎全集』第3巻~5巻 1972年3月~5月 文藝春秋刊
司馬遼太郎『花神(四)』1972年8月 新潮社刊 装丁・平川敏夫
司馬遼太郎『ひとびとの跫音(上)』1981年7月 中央公論社刊 装画・正岡子規
■ 富士正晴に宛てた司馬遼太郎(福田定一)の署名本たち
福田定一『名言随筆 サラリーマン』1955年9月 六月社刊
司馬遼太郎『殉死』1967年11月 文藝春秋刊
司馬遼太郎『豊臣家の人々』1967年12月 中央公論社刊
司馬遼太郎『故郷忘じがたく候』1968年10月 文藝春秋刊
司馬遼太郎『坂の上の雲(一)』1969年4月 文藝春秋刊
 

展示絵画