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展示

企画展
茨木と武蔵野の遠い仲間~富士正晴と埴谷雄高~



会期  令和4年8月2日(火曜日)から11月27日(日曜日)まで

 

展示について

埴谷雄高は『近代文学』、富士正晴は『VIKING』。

ふたりの作家は、戦後まもなく、異なった土地で新たな同人雑誌の活動を始めます。

富士たち『VIKING』同人を、埴谷は「よく知っている遠い大阪の仲間」と呼びました。

1964年の『近代文学』終刊後も続いた、両人のつき合いを紹介します。

 

展示目録(会期中、一部変更することがあります)

埴谷雄高について

・埴谷雄高著『不合理ゆえに吾信ず』(1950年1月、月曜書房刊)

・埴谷雄高著『影絵の世界』(1966年12月、平凡社刊)

・埴谷雄高著『架空と現実 埴谷雄高対話集』(1968年7月、南北社刊)

・埴谷雄高著『闇のなかの黒い馬』(1970年6月、河出書房新社刊)

・埴谷雄高著『鐘と遊星』(1975年9月、未来社刊)

・埴谷雄高著『死霊』(1976年4月、講談社刊)

・埴谷雄高著『石棺と年輪――影絵の世界』(1976年6月、未来社刊)

・埴谷雄高著『戦後の文学者たち』(1976年11月、構想社刊)

・埴谷雄高著『光速者――宇宙・人間・想像力』(1979年9月、作品社刊)

・埴谷雄高著『内界の青い花』(1980年8月、作品社刊)

・埴谷雄高、小川国夫共著『闇のなかの夢想』(1982年12月、朝日出版社刊)

・富士正晴宛埴谷雄高年賀状(1954年1月1日付)

・富士正晴宛埴谷雄高年賀状(1955年1月1日付)

・富士正晴宛埴谷雄高年賀状(1956年1月1日付)

・富士正晴宛埴谷雄高年賀状(1957年1月10日付)

・『VIKING』87号(1957年10月15日、VIKINGCLUB発行)

・『VIKING』20号(1967年7月30日、VIKINGCLUB発行)

・埴谷雄高著『橄欖と塋窟』(1972年6月、未来社刊)

・『VIKING』262号(1972年10月30日、VIKINGCLUB発行)

・富士正晴作「埴谷雄高のこと」(富士作成のスクラップブックに貼付)

・富士正晴著『ビジネスマンのための 文学がわかる本』(1980年11月、 

 日本実業出版社刊)

・富士正晴宛埴谷雄高年賀状(1981年1月12日付)

・富士正晴宛埴谷雄高はがき(1986年2月20日付)

・『群像』第44巻第9号(1987年9月1日、講談社発行)

・埴谷雄高著『滑車と風洞』(1991年2月、未来社刊)

 

富士正晴作「小ヴィヨン」を『近代文学』に転載

・ヴァージニア・ウルフ著、織田正信訳『オーランド』(1931年7月、春陽堂刊)

・『VIKING』8号(1949年7月31日、VIKINGCLUB発行)

・富士正晴宛埴谷雄高はがき(1949年12月24日付)

・富士正晴宛埴谷雄高はがき(1950年2月11日付)

・富士正晴日記の拡大コピー(1950年3月22日分)

・富士正晴宛埴谷雄高はがき(1950年5月6日付)

・富士正晴宛埴谷雄高はがき(1950年8月7日付、2枚つづき)

・富士正晴日記の拡大コピー(1950年8月10日分)

・富士正晴日記の拡大コピー(1952年3月11日分)

・『近代文学』57号(1952年3月1日、近代文学社発行)

・富士正晴直筆原稿「小ヴィヨン」(200字詰原稿用紙572枚)

・富士正晴著『贋・久坂葉子伝 小ヴィヨン』(1969年11月、冬樹社刊)

 

富士正晴が「贋・久坂葉子伝」を『近代文学』に連載

・富士正晴宛『近代文学』編集部はがき(1954年10月2日付)

・富士正晴宛『近代文学』編集部はがき(1954年10月13日付)

・富士正晴日記の拡大コピー(1954年10月14日分)

・富士正晴宛『近代文学』編集部はがき(1954年10月30日付)

・『近代文学』90号(1955年1月1日、近代文学社発行)

・富士正晴日記の拡大コピー(1955年9月10日分)

・富士正晴直筆原稿「贋・久坂葉子伝」(200字詰原稿用紙1787枚)

・富士正晴著『贋・久坂葉子伝』(1956年3月、筑摩書房刊)

・埴谷雄高による「文芸時評」(富士作成のスクラップブックに貼付)

・富士正晴日記の拡大コピー(1956年4月2日分)

 

上京中の富士正晴が埴谷雄高を訪ねる

・富士正晴日記の拡大コピー(1954年7月29日分)

・富士正晴日記の拡大コピー(1954年8月27日分)

・『新潮』第51第10号(1954年10月1日、新潮社発行)

・富士正晴直筆原稿「東京漫遊記」(200字詰原稿用紙157枚)

 

富士正晴作「傍観者」の『近代文学』掲載延期

・富士正晴日記の拡大コピー(1957年9月16日分)

・富士正晴宛『近代文学』編集部はがき(1957年9月20日付)

・富士正晴宛埴谷雄高はがき(1957年10月15日付)

・富士正晴宛埴谷雄高はがき(1958年6月12日付)

・『近代文学』121号(1958年7月1日、近代文学社発行)

・富士正晴著『帝国軍隊に於ける学習・序』(1964年9月、未来社刊)

・富士正晴宛埴谷雄高はがき(1964年10月5日付)

 

「日本小説を読む会」の例会に埴谷雄高、富士正晴が出席

・富士正晴日記の拡大コピー(1961年11月23日分)

・『日本小説を読む会 会報』19号(1961年12月発行、日付は不明)

・富士正晴著『贋・海賊の歌』(1967年12月、未来社刊)

・『日本小説を読む会 会報』25号記念特集号(1962年6月発行、日付は不明)

・埴谷雄高著『甕と蜉蝣』(1964年7月、未来社刊)

・富士正晴宛埴谷雄高はがき(1961年12月15日付)

・富士正晴著『たんぽぽの歌』(1961年11月、河出書房新社刊)

・富士正晴直筆原稿「たんぽぽの歌」(200字詰原稿用紙703枚)

 

富士正晴作「あなたはわたし」を埴谷雄高が評する

・富士正晴日記の拡大コピー(1961年6月4日分)

・『別冊 新日本文学』創刊号(1961年7月1日、新日本文学会発行)

・富士正晴直筆原稿「あなたはわたし」(200字詰原稿用紙100枚)

・富士正晴日記の拡大コピー(1961年10月16日分)

・埴谷雄高、平野謙、本多秋五「鼎談・文芸時評」(富士作成のスクラップブックに貼付)

・富士正晴著『あなたはわたし』(1964年12月、未来社刊)

 

富士正晴作「怯え」を埴谷雄高が評する

・富士正晴日記の拡大コピー(1970年10月14日分)

・富士正晴作「怯え」(富士作成のスクラップブックに貼付)

・富士正晴直筆原稿「怯え」(400字詰原稿用紙50枚)

・富士正晴日記の拡大コピー(1971年2月20日分)

・寺田透、埴谷雄高、本多秋五「創作合評」(富士作成のスクラップブックに貼付)

・富士正晴著『往生記』(1972年8月、創樹社刊)

 

『埴谷雄高ドストエフスキイ全論集』をめぐって

・富士正晴日記の拡大コピー(1979年7月16日分)

・埴谷雄高著『埴谷雄高ドストエフスキイ全論集』(1979年7月、講談社刊)

・富士正晴日記の拡大コピー(1979年7月18日分)

・富士正晴宛埴谷雄高はがき(1979年8月4日付)

 

道で転倒、負傷したことを富士正晴が埴谷雄高に報告

・富士正晴日記の拡大コピー(1980年10月27日分)

・富士正晴宛埴谷雄高はがき(1980年12月5日付)

・富士正晴「材木倒し・尻餅」(富士作成のスクラップブックに貼付)

・富士正晴著『狸ばやし』(1984年4月、編集工房ノア刊)

・富士正晴著『乱世人間案内』(1984年6月、影書房刊)

 

富士正晴作「年上・同年・年下」をめぐって

・富士正晴日記の拡大コピー(1984年6月14日分)

・富士正晴作「年上・同年・年下」(富士作成のスクラップブックに貼付)

・富士正晴宛埴谷雄高はがき(1984年7月24日付)

・富士正晴著『軽みの死者』(1985年3月、編集工房ノア刊)

・埴谷雄高著『戦後の先行者たち 同時代追悼文集』(1984年4月、影書房刊)