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展示

企画展
  二代目キャプテン小島オクロックの奮闘
      ~富士正晴と小島輝正展~



会期  令和4年11月29日(火曜日)から令和5年3月26日(日曜日)まで

 

展示について

雑誌『VIKING』初代キャプテンを、およそ4年間務めた富士正晴は、1951年8月、二代目キャプテンに小島輝正を指名。前年に小島は初めてこの同人誌の例会に出席、ずっと懐中時計で遊んでいたため、「オクロック」という仇名がつきました。

参加して間もない『VIKING』をよりよいものにするべく、オクロック船長は奮闘を続けるものの……。

「お前好きや」(富士)「気心が合い」(小島)と評し合ったふたりの友情を各種資料でご覧下さい。


 

展示目録(会期中、一部変更することがあります)

◎小島輝正について(「*」のマークを付した資料は、中尾務氏蔵)

・鈴木信太郎、渡辺一夫共訳『サン・ヌゥヴェル・ヌゥヴェル ふらんす百綺譚』第1巻(1949年7月、洛陽書院刊)*

・辰野隆著『閑人独語』(1949年10月、洛陽書院刊)*

・C・V・ゲオルギウ著、河盛好蔵訳『25時』(1950年7月、筑摩書房刊)*

・マリア・ル・アルドゥーアン著、小島輝正訳『ハートの女王』(1951年6月、ダヴィッド社刊)

・ピエール・クールタード著、小島輝正訳『暗黒の青春』(1956年12月、萬里閣新社刊)

・小島輝正著『サルトルの文学 その理論と作品』(1966年9月、ぺりかん社刊)

・小島輝正編『年表 世界の文学』(1972年6月、創元社刊)

・小島輝正宛富士正晴ハガキ(1972年6月23日付)

・ルイ・アラゴン著、小島輝正訳『アニセまたはパノラマ』(1975年7月、白水社刊)

・小島輝正宛富士正晴ハガキ(1975年7月26日付)

・小島輝正著『アラゴン シュルレアリスト』(1974年6月、蜘蛛出版社刊)

・小島輝正著『春山行夫ノート』(1980年11月、蜘蛛出版社刊)

・小島輝正写真(1981年11月21日撮影)*

・小島輝正たちによる記念写真(1983年1月29日撮影)*

・『たうろす』48号(1983年8月10日発行)

・『近代』60号(1983年12月10日、神戸大学『近代』発行会)

・小島輝正直筆原稿「受取り無用」(200字詰原稿用紙7枚。『電波新聞』1984年4月16日号に掲載)*

・小島輝正・大門充共著『をんな学入門』(1986年10月、冬鵲房刊)*

・『樹林』259号(1987年3月30日、葦書房発行)

・『樹林』263号(1987年8月30日、葦書房発行)

・『小島輝正の自画像』(1987年9月、神戸新聞出版センター刊)

・『たうろす』56号(1987年9月30日発行)

・『文脈』6号(1987年11月15日、文脈の会発行)

・小島輝正著『関西地下文脈』(1989年1月、葦書房刊)

・『小島輝正著作集 第5巻 エッセイ集2』(1989年5月、浮游社刊)

・中尾務著『小島輝正ノート』(2001年1月、浮游社刊)

 

◎小島輝正が『VIKING』同人となる

・『VIKING』創刊号(1947年10月1日、VIKINGCLUB発行)

・『VIKING』24号(1950年12月1日、VIKINGCLUB発行)

・富士正晴日記(1950年12月23日分)の拡大コピー

・富士正晴宛小島輝正ハガキ(1950年12月25日付)

・富士正晴日記(1950年12月28日分)の拡大コピー

・『VIKING』26号(1951年2月1日、VIKINGCLUB発行)

 

◎小島輝正が『VIKING』27号例会記を執筆

・『VIKING』27号(1951年3月1日、VIKINGCLUB発行)

・富士正晴日記(1951年2月25日分)の拡大コピー

・富士正晴宛小島輝正ハガキ(1951年3月1日付)

・富士正晴宛小島輝正ハガキ(1951年3月7日消印)

・『VIKING』28号(1951年4月1日、VIKINGCLUB発行)

 

◎小島輝正が『VIKING』二代目キャプテンに就任、その奮闘の記録

・『VIKING』34号(1951年10月1日、VIKINGCLUB発行)

・『VIKING』35号(1951年11月1日、VIKINGCLUB発行)

・富士正晴宛小島輝正ハガキ(1951年10月18日付)

・『VIKING』36号(1951年12月1日、VIKINGCLUB発行)

・『VIKING』37号(1952年1月1日、VIKINGCLUB発行)

・『VIKING』38号(1952年2月1日、VIKINGCLUB発行)

・『VIKING』39号(1952年3月1日、VIKINGCLUB発行)

・富士正晴宛小島輝正封書(1952年4月23日付)

・富士正晴宛小島輝正封書(1952年5月9日付)

・『VIKING』41号(1952年6月1日、VIKINGCLUB発行)

・『VIKING』43号(1952年8月1日、VIKINGCLUB発行)

・富士正晴宛小島輝正ハガキ(1952年11月19日消印)

・『VIKING』45号(1952年11月1日、VIKINGCLUB発行)

・『VIKING』46号(1952年12月20日、VIKINGCLUB発行)

 

◎小島輝正が、富士正晴たちの創立した『VILLON』創刊号に寄稿

・富士正晴日記(1952年5月15日分)の拡大コピー

・富士正晴宛小島輝正ハガキ(1952年7月22日消印)

・富士正晴日記(1952年11月4日分)の拡大コピー

・『VILLON』創刊号(1952年11月1日、VILLONCLUB発行)

・小島輝正直筆原稿「植民地文学論」(400字詰原稿用紙15枚)

・富士正晴宛小島輝正ハガキ(1952年11月12日消印)

・『VILLON』2号(1952年12月1日、VILLONCLUB発行)

・富士正晴直筆原稿「第1号例会記」(200字詰原稿用紙19枚)

 

◎富士正晴が『新潮』に「VIKING号航海記」を執筆

・富士正晴宛小島輝正封書(1952年9月24日付)

・富士正晴日記(1952年10月8日分)の拡大コピー

・『新潮』第49巻第1号(1952年11月1日、新潮社発行)

・富士正晴著『贋・海賊の歌』(1967年12月、未来社刊)

 

◎小島輝正の『VIKING』脱退前後

・富士正晴日記(1953年1月1日分)の拡大コピー

・富士正晴宛小島輝正ハガキ(1953年1月24日消印)

・富士正晴日記(1953年2月8日分)の拡大コピー

・富士正晴日記(1953年2月23日分)の拡大コピー

・富士正晴日記(1953年3月5日分)の拡大コピー

・富士正晴日記(1953年3月6日分)の拡大コピー

・『VIKING』47号、『VILLON』4号共同刊行号(1953年3月1日、VIKINGCLUB、VILLONCLUB発行)

・富士正晴直筆原稿「キャプテンズコーナー」(200字詰原稿用紙5枚)

・『くろおぺす』創刊号(1953年7月1日、クロオペスクラブ発行)

・富士正晴による、『VIKING』緊急例会ハガキ(1953年3月6日消印)

・富士正晴日記(1953年3月8日分)の拡大コピー

・『VIKING』48号(1953年7月30日、VIKINGCLUB発行)

・『VIKING』49号(1953年9月、VIKINGCLUB発行。日にちは記載されず)

 

◎「仮想VIKING50号記念祝賀講演会に於ける演説」をめぐって

・富士正晴日記(1954年7月8日分)の拡大コピー

・『VIKING』55号(1954年9月10日、VIKINGCLUB発行)

・富士正晴直筆原稿「仮想VIKING50号記念祝賀講演会に於ける演説(6)」(200字詰原稿用紙95枚)

・『VIKING』57号(1954年11月10日、VIKINGCLUB発行)

 

◎『新日本文学』での井上俊夫、小島輝正、富士正晴による作品合評

・富士正晴宛小島輝正封書(1963年7月29日付)

・富士正晴日記(1963年8月13日分)の拡大コピー

・『新日本文学』195号(1963年10月1日、新日本文学会発行)

・小島輝正写真(1963年8月13日撮影)

 

◎『文学塹壕』で開かれた、小島輝正と富士正晴の対談

・富士正晴日記(1977年5月24日分)の拡大コピー

・『文学塹壕』7号(1977年12月10日、市民の学校発行)

・高村三郎「同人誌時評 表現の言語的面白さ」(富士正晴作成のスクラップブックに貼付)

・小島輝正著『ディアボロの歌』(1984年3月、編集工房ノア刊)