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展示

企画展
「二人の詩人 富士正晴と伊東静雄」展

【HP用】企画展「二人の詩人」ポスター

会期 令和3年4月1日(木曜日)から令和3年9月28日(火曜日)まで【6月20日追記】
 

展示について

伊東静雄は富士正晴の弟が通う学校の先生でした。
その彼を通じて二人は交流をはじめ、次第に友情を深めていきます。
病床にいた昨年の伊東を励ますため、富士は桑原武夫とともに『伊東静雄詩集』の刊行を計画します。
実現される前に伊東静雄は47歳の若さで亡くなり、没後の出版となりました。
今回の展示では、伊東静雄に関する富士正晴の草稿や、伊東の作品が載った1940年代の雑誌などを紹介します。
 

伊東静雄について

伊東静雄(イトウ シズオ)


現在の長崎県諫早市出身、詩人。
京都帝国大学卒業後、大阪府で学校の教師をしながら詩を書く。
1932年に友人等と同人誌『呂』を創刊。同誌や、後に同人『コギト』などにも作品を発表した。
掲載された詩が荻原朔太郎らに認められる。
第一詩集『わがひとに与ふる哀歌』が第二回文芸汎論賞を、第二詩集『夏花』が第五回北村透谷賞を受賞。
 

展示目録(会期中、一部変更することがあります)

    伊東静雄について

  • 伊東静雄著『わがひとに與ふる哀歌』(1935年10月、コギト発行所)
  • 伊東静雄著『春のいそぎ』(1943年9月、弘文堂書房)
  • 富士正晴日記の拡大コピー(1947年3月30日分)
  • 富士正晴日記の拡大コピー(1947年6月18日分)
  • 伊東静雄著『反響』(1947年11月、創元社)
  • 桑原武夫、富士正晴共編『伊東静雄詩集』(1953年7月、創元社)
  • 富士正晴直筆原稿「伊東静雄詩集 註」
  • 富士正晴宛伊東静雄葉書(1941年5月10日付)
  • 伊東静雄詩稿「山村遊行」
  • 富士正晴宛伊東静雄葉書(1940年6月28日付)
  • 富士正晴の結婚披露宴(1943年10月17日)で書かれた、伊東静雄の墨筆「雨ありてよき夜なりしか 静雄」
  • 『コギト』57号(1937年2月1日、コギト発行所)
  • 『まほろば』3巻1号(1944年3月1日、まほろば発行所)
  • 『午前』7号(1947年2月1日、南風書房)
  • 『舞踏』3号(1947年3月1日、発行人は西本裕)
  • 『詩人』1巻6号(1947年5月19日、矢代書店)
  • 『舞踏』6号(1947年9月17日、舞踏発行所)
  • 『舞踏』1950年8月号(1950年8月11日、発行人は斎田昭吉)
  • 『舞踏』に掲載された伊東静雄の諸作の切抜き
  • 富士正晴宛伊東静雄封書(1941年7月7日付)
  • 富士正晴宛伊東静雄封書(1941年8月10日付)
  • 伊東静雄による短文「大阪」を富士正晴が筆写した原稿
  • 伊東静雄による序文「『小さい灯』のはじめに」を富士正晴が筆写した原稿
  • 斎田昭吉著『小さい灯』(1946年11月、私家版)
  • 斎田昭吉著『小さい灯』(1973年5月、草土社)
  • 伊東静雄直筆原稿「富士正晴版画展 推薦文」(1946年、秋田屋画廊で開催)
  • 富士正晴作のラジオドラマ「伊東静雄」(1959年10月14日、毎日放送より流れる)の録音テープ

  • 手紙による富士と伊東の交わり、伊東に関する富士の未定稿など

  • 富士正晴宛伊東静雄葉書(1940年1月1日付)
  • 富士正晴宛伊東静雄葉書(1940年1月27日付)
  • 富士正晴宛伊東静雄葉書(1940年2月12日付)
  • 伊東静雄著『夏花』(1940年3月、子文書房)
  • 『三人』25号(1941年6月25日、三人発行所)
  • 富士正晴宛伊東静雄封書(1941年5月14日付)
  • 富士正晴日記の拡大コピー(1941年5月14日付)
  • 富士正晴宛伊東静雄葉書(1940年4月2日付)
  • 富士正晴宛伊東静雄葉書(1941年1月28日付)
  • 竹内勝太郎著『春の犠牲』(1941年1月、弘文堂書房)
  • 富士正晴宛伊東静雄封書(1948年5月22日付)
  • 井口浩、野間宏、富士正晴共著『山繭』(1948年4月、明窗書房)
  • 竹内勝太郎著『定本 明日』(1948年1月、明窗書房)
  • 富士正晴宛伊東静雄葉書(1939年7月27日付)
  • 桑原武夫、富士正晴共編『伊東静雄詩集』(1964年7月、彌生書房)
  • 富士正晴直筆原稿「伊東静雄詩集 後記」
  • 富士正晴編『伊東静雄研究』(1971年12月、思潮社)
  • 小高根二郎、桑原武夫、富士正晴編『定本 伊東静雄全集』(1971年12月、人文書院)
  • 林富士馬、富士正晴共著『苛烈な夢』(1972年4月、社会思想社)
  • 『苛烈な夢』に収録された、富士正晴の直筆原稿
  • 富士正晴直筆原稿「三好・伊東・中原」
  • 富士正晴著『狸の電話帳』(1975年11月、潮出版社)
  • 富士正晴未定稿(無題、執筆時期不明。「怖らく伊東静雄は」と始まる文章。400字詰原稿用紙4枚)
  • 富士正晴未定稿(無題、執筆時期不明。「私は伊東静雄と度々逢った」と始まる文章。400字詰原稿用紙2枚)
  • 富士正晴未定稿(無題、執筆時期不明。「伊東静雄の詩についての要求」と始まる文章。400字詰原稿用紙3枚)
  • 富士正晴未定稿(無題、執筆時期不明。「伊東静雄の精神の形に」と始まる文章。400字詰原稿用紙2枚)
  • 富士正晴未定稿「伊東静雄の次」(執筆時期不明。400字詰原稿用紙2枚)
  • 富士正晴未定稿「ノオト」(執筆時期不明。400字詰原稿用紙3枚)
  • 富士正晴未定稿「伊東静雄論 一」(執筆時期不明。400字詰原稿用紙6枚)
  • 富士正晴未定稿「伊東静雄再論」(執筆時期不明。400字詰原稿用紙13枚)
  • 富士正晴が発表した、伊東静雄に関する文章など

  • 「批評――伊東静雄モオロア」(『三人』12号〈1936年5月発行〉に掲載)
  • 「伊東静雄論序説 一〜四」(『三人』18号〈1939年9月発行〉に掲載)
  • 「伊東静雄論序説 五前書」(『三人』19号〈1939年12月発行〉に掲載)
  • 「『詩集夏花』をめぐりて――伊東静雄論(一)」(『文藝文化』3巻1号〈1940年1月発行〉に掲載)
  • 「伊東静雄論序説 五」(『三人』20号〈1940年2月発行〉に掲載)
  • 「伊東静雄のこと」(『祖国』5巻5号〈1953年7月発行〉に掲載)
  • 「伊東静雄について」(『近代文学』77号〈1953年12月発行〉に掲載)
  • 「諫早のこと」(『河』6号〈1954年3月発行〉に掲載)
  • 桑原武夫、富士正晴共編『伊東静雄詩集』(1957年5月、新潮文庫)
  • 「伊東静雄との交友」(『詩と真実』8号〈1958年11月発行〉に掲載)
  • 「伊東静雄の断面」(談話。『人間』10号〈1961年2月発行〉に掲載)
  • 「伊東静雄の一面」(『響』4号〈1963年7月発行〉に掲載)
  • 「伊東静雄と酒」(『果樹園』100号〈1964年6月発行〉に掲載)
  • 「伊東静雄 人と文学」(座談会。『日本浪曼派研究』1966年11月号に掲載)
  • 「回想」(復元版 伊東静雄著『わがひとに與ふる哀歌』〈1968年2月、冬至書房。名著復刻全集編集委員会編〉の別冊に収載)
  • 「思潮社版『伊東静雄研究』について」(『響』15号〈1971年5月発行〉に掲載)
  • 富士正晴編『伊東静雄詩集』(1973年5月、角川書店)
  • 「伊東静雄と日本浪曼派」(『ユリイカ』1975年10月号に掲載)
  • 「伊東静雄について判ったこと」(『VIKING』343号〈1979年7月発行〉に掲載)

  • 伊東静雄に学んだ人びと―今井茂雄、房本弘之、林富士馬―

  • 今井茂雄著『夜の生誕』(1951年3月、私家版)
  • 今井茂雄詩稿「秋風」「霧」「手」「病院」「レリーフ」
  • 『VILLON』1号(1952年11月1日、VILLON CLUB)
  • 『VILLON』6号(1953年7月1日、VILLON CLUB)
  • 『VILLON』8号(1953年12月1日、VILLON CLUB)
  • 『VIKING』29号(1951年5月1日、VIKING CLUB)
  • 『三人物故詩人四人集』(1960年12月、VIKING CLUB)
  • 房本弘之の詩「こよひは満月なるに」「面かげ」「杉菜の歌」「日時計」を、富士正晴が筆写した原稿
  • 『三人』23号(1940年11月20日、三人発行所)
  • 『三人』25号(1941年6月25日、三人発行所)
  • 『三人』26号(1942年2月1日、三人発行所)
  • 林富士馬著『誕生日』(1939年6月、私家版)
  • 林富士馬著『受胎告示』(1943年1月、大日本百科全書刊行会)
  • 林富士馬著『草稿詩集 千歳の杖』(1944年7月、まほろば発行所)
  • 『光耀』第三輯(1947年8月発行)
  • 林富士馬著『化粧と衣裳』(1958年5月、萠木)
  • 富士正晴著『書中の天地』(1976年5月、白川書院)
  • 林富士馬著『夕映え』(1965年2月、私家版)
  • 富士正晴未定稿(無題、執筆時期不明。「長崎の何々町、林富士馬は」と始まる文章。200字詰原稿用紙5枚)
  • 富士正晴作「林富士馬貴志武彦」(富士作成のスクラップブックに貼付)
 

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