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展示

企画展
新編「富士さんとわたし 富士正晴と山田稔」展

【HP用】企画展「富士正晴と山田稔」ポスター

会期 令和3年9月29日(水曜日)から令和4年3月31日(木曜日)まで
 

展示について

山田稔氏と富士正晴、昭和29年(1954年)から始まったふたりの交流について、直筆原稿や往復書簡など、さまざまな資料を通して体感していただけます。
 

山田稔氏について

山田稔(ヤマダ ミノル)氏


昭和5年(1930年)に北九州門司で生まれる。昭和28年(1953年)、京都大学文学部フランス文学科卒業。
京都大学教養学部教授を務めながら執筆活動を行う。昭和43年(1968年)『幸福へのパスポート』が第59回芥川賞候補作に、同年『犬のように』が第60回芥川賞候補作に選出される。「日本小説を読む会」や同人誌「VIKING」などに参加。
昭和57年(1982年)『コーマルタン界隈』で第32回芸術選奨文部大臣賞、平成9年(1977年)『ああ、そうかね』で第45回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。
『リサ伯母さん』『富士さんとわたし-手紙を読む』(共に編集工房ノア)など、著書多数。
 

展示目録(会期中、一部変更することがあります)

    山田稔について 

  • 桑原武夫編『フランス革命の研究』(1959年12月、岩波書店刊)
  • 『視界』2号(1960年11月5日、京都大学文学部内 視界編集部)
  • 「バルザックを読む会」会報3号(1960年11月29日発行)
  • 山田稔著『生の傾き』(1990年8月、編集工房ノア刊)
  • 『二十世紀小説』2号(1961年11月8日発行、ヌーボーの会編集)
  • 『二十世紀小説』3号(1961年12月13日発行、ヌーボーの会編集)
  • 『海鳴り』32号(2020年4月1日発行、編集工房ノア)
  • 『世界の文学 15 フロベール』(1965年2月、中央公論社刊)
  • 『世界文学全集Ⅲ―13 ゾラ』(1965年8月、河出書房新社刊)
  • 山田稔著『教授の部屋』(1972年2月、河出書房新社刊)
  • 山田稔宛富士正晴葉書(1972年3月10日付)
  • 山田稔著『選ばれた一人』(1972年10月、河出書房新社刊)
  • 山田稔宛富士正晴葉書(1972年11月6日付)
  • 山田稔宛富士正晴葉書(1972年11月16日付)
  • 『すばる』1976年9月号(1976年9月4日発行、集英社)
  • 山田稔宛富士正晴葉書(1976年9月15日付)
  • 富士正晴宛山田稔葉書(1976年9月20日付)
  • 山田稔著『生命の酒樽』(1982年6月、筑摩書房刊)
  • 大槻鉄男、佐々木康之、多田道太郎、西川長夫、山田稔共編『クラウン仏和辞典』(1978年2月、三省堂刊)
  • 山田稔直筆原稿「〈木ノ花咲哉〉をもとめて」(400字詰原稿用紙18枚)
  • 山田稔直筆原稿「〈居たたまれぬほどに美しい話〉」(200字詰原稿用紙12枚)
  • 山田稔直筆原稿「富士さんについて、いま思うこと」(400字詰原稿用紙39枚)
  • 富士正晴と山田稔が写った写真数葉
  • 「日本小説を読む会」を中心に描く、ふたりの交流

  □山田稔による野間宏論、富士正晴作「小説を読まぬかい!!」

  • 『文学』1960年11月号(1960年11月10日発行、岩波書店)
  • 山田稔宛富士正晴葉書(1960年11月28日付)
  • 富士正晴宛山田稔葉書(1960年12月2日付)
  • 『思想の科学』24号(1960年12月1日発行、『思想の科学』編集委員会)
  • 山田稔著『ヴォワ・アナール』(1973年11月、朝日新聞社刊)
  • 「日本小説を読む会」会報8号(1960年12月発行、日付は不明)
  • 富士正晴日記の拡大コピー(1960年12月4日付)
  • 富士正晴宛山田稔葉書(1960年12月12日付)

  □富士正晴に老眼鏡を贈る会

  • 富士正晴宛山田稔葉書(1961年1月16日付)
  • 富士正晴日記の拡大コピー(1961年1月19日付)
  • 「日本小説を読む会」会報10号(1961年発行、月日は不明)
  • 富士正晴日記の拡大コピー(1961年2月17日付)
  • 富士正晴日記の拡大コピー(1961年9月22日分)
  • 「日本小説を読む会」会報17号(1961年10月発行、日付は不明)
  • 富士正晴日記の拡大コピー(1961年9月23日分)
  • 山田稔宛富士正晴葉書(1961年9月28日付)
  • 山田稔宛富士正晴葉書(1961年9月30日付)
  • 『バルザック全集 第一巻』(1961年5月、東京創元社刊)
  • 山田稔宛富士正晴葉書(1961年11月14日付)
  • 『VIKING』208号(1968年4月30日発行、VIKINGCLUB)

  □松田道雄が報告する「日本小説を読む会」例会に富士が出席

  • 富士正晴宛山田稔葉書(1961年11月15日付)
  • 山田稔宛富士正晴葉書(1961年11月17日付)
  • 富士正晴日記の拡大コピー(1961年11月23日分)
  • 「日本小説を読む会」会報19号(1961年12月発行、日付は不明)
  • 富士正晴著『贋・海賊の歌』(1967年12月、未来社刊)

  □『贋・久坂葉子伝』を、杉本秀太郎が「日本小説を読む会」例会で報告

  • 富士正晴宛山田稔葉書(1963年4月8日付)
  • 山田稔宛富士正晴葉書(1963年4月9日付)
  • 「日本小説を読む会」会報35号(1963年5月18日発行)
  • 富士正晴直筆原稿「こころならずも‥‥‥」(200字詰原稿用紙61枚)
  • 富士正晴宛山田稔葉書(1976年11月3日付)

  □『大槻鉄男追悼文集』と『樹木幻想』

  • 富士正晴宛山田稔葉書(1979年10月30日付)
  • 富士正晴日記の拡大コピー(1979年11月5日付)
  • 富士正晴著『心せかるる』(1979年10月、中央公論社刊)
  • 日本小説を読む会編『大槻鉄男追悼文集』(1979年12月30日発行)
  • 富士正晴日記の拡大コピー(1980年2月23日分)
  • 富士正晴日記の拡大コピー(1980年3月5日分)
  • 富士正晴宛山田稔葉書(1980年3月14日付)
  • 富士正晴宛山田稔葉書(1980年4月8日付)
  • 富士正晴日記の拡大コピー(1980年4月29日分)
  • 大槻鉄男著『樹木幻想』(1980年4月、編集工房ノア刊)
  • 『大和通信』114号(2020年3月20日発行、海坊主社)
  • 山田稔宛富士正晴アエログラム(1979年1月18日付)

  □「日本小説を読む会」会報250号記念特集号

  • 富士正晴宛山田稔葉書(1982年6月6日付)
  • 山田稔宛富士正晴葉書(1982年6月9日付)
  • 「日本小説を読む会」会報250号記念特集号(1982年10月15日発行)
  • 富士正晴宛「日本小説を読む会」葉書(1982年8月27日付)
  • 「日本小説を読む会」宛富士正晴葉書(1982年8月27日付)
  • 富士正晴日記の拡大コピー(1982年8月29日分)
  • 富士正晴直筆原稿「祝辞」(200字詰原稿用紙5枚)
  • 富士正晴宛山田稔葉書(1982年8月31日付)
  • 富士正晴日記の拡大コピー(1982年9月12日付)
  • 富士正晴宛山田稔葉書(1982年9月14日付)
  • 富士正晴日記の拡大コピー(1982年9月17日付)
  • 山田稔宛富士正晴封書(1982年9月17日付)
  • 富士正晴宛山田稔封書(1982年9月20日付)
  • 富士正晴著『せいてはならん』(1982年9月、朝日新聞社刊)
  • 『文藝』1983年1月号(1983年1月1日発行、河出書房新社)
  • 山田稔著『影とささやき』(1985年7月、編集工房ノア刊)

 □「日本小説を読む会」会報300号記念特集号

  • 富士正晴宛山田稔葉書(1986年12月9日付)
  • 山田稔宛富士正晴葉書(1986年12月11日付)
  • 「日本小説を読む会」会報300号記念特集号(1987年3月1日発行)
  • 富士正晴宛山田稔手紙(1987年3月4日付)
  • 『海燕』1987年5月号(1987年5月1日発行、福武書店)
 

展示絵画